17. 佐藤愛子先生の教え「取材に頼らず想像力で補う」(指導あり)

【前説|池田 元】


大切なご指導ですが、今回も講評ではなく、電話での指導です。

「取材に頼らず想像力で補う」という内容で電話越しの佐藤愛子先生はお話しになりました。

ではどうぞ。今回も貴重なお話です。


佐藤愛子先生と近藤健代表

第18回随筆春秋賞授賞式直後 2013年5月12日

(※写真は、本編とは無関係です)


取材に頼らず想像力で補う


佐藤先生のご機嫌がよい時につい調子に乗って質問をした。

池田

「最近ご主人を亡くされた方がいて、家の中ではしじゅうご主人の気配を感じると言うんです。気配だけじゃなくて家鳴りがひどいと言うんですね。それも今まで経験のないような音がして、家じゅうに響くんだそうです。でも奥さんは怖いと思ったり、不安に思ったりはせず、むしろ温かな安心感に包まれるというわけです。私はそれを自分の作品に書こうと思ってやってみたんですが、どうも酷いものが出来上がってしまいました。こういう不思議な話をうまくエッセイに書くにはどうしたら良いのでしょうか」

佐藤

「ああそう。あなた自分でどこが気に入らなかったの?」

池田

「はい、どうも詳しく書けば書くほど嘘話、ホラ話みたいになってしまって、読み返してみると全然面白くなかったんです」

佐藤

「うん。奥さんの気持ちを?」

池田

「と言いますか、奥さんに言われたままのことを正確に……」

佐藤

「そりゃ面白くないでしょうね。聞いたことをそのまま書いたんじゃ」

池田

「先生は霊が出てくるエッセイを沢山お書きになっていますが、死者の霊魂というものは四十九日まで娑婆に止まるというのは本当でしょうか?」

(先生はこの質問にはお答えにならなかった。池田は死後の世界とか心霊現象の話を佐藤先生から聞きたくて、機会があるたび質問したが、結局1度もお聞かせ願えなかった。深いお考えがあってのことだと思う)

佐藤

「聞いたものをそのまま書いたんじゃつまらないというのはね、当然のことなんですよ。だって話す人が素人なんですから、面白い話ができるわけがないんです。私なんかも小説や随筆を書く時に山ほど取材をしましたけれどね。まあ、ろくでもないわけです」

佐藤

「素人話なんか、言葉の選び方も雑ですしね。語彙は少ないし、そのまま書き写したんじゃ箸にも棒にもかからないわけですよ。ここから作家の力量が問われるんです。話の要点からね、そのときこの人はどんな気持ちだったのかを想像するんです。作家に必要なのは想像力なんですよ」

佐藤

「聞いた自分がどんな気持ちになるかじゃないですよ。話したその人はどんな気持ちだったんだろうという想像です。そこからこの人がこういう行動をとったのは、こんな気持ちに突き動かされたからじゃないかとか、すべて想像するわけです。それを文字にしていくわけ。そこのところを作家はみんな苦労するのね」

池田

「先生の作品を参考にしようと思いまして、ホテルで心霊現象があって不気味さを感じたものだから、先生が“南無妙法蓮華経、ハッ!”と塩をぶつけたとあるのを読みました。それを自分の作品に生かそうとしたのですがうまく行きません」

佐藤

「そりゃそうでしょう。他人の作品を持ってきて参考にしようとしたって何の役にも立たないですよ。私なんかは闘争心の塊だから、不気味なものを感じると、もうすぐに闘争心に火がついて塩をぶつけに行くわけですけれど、みんなはそうじゃないでしょう」

佐藤

「それよりも自分の想像力を働かせて、この人はどう感じたのか、そして次はどうするのか考えるんですよ。すべて想像で補うんです。作家の資質で一番必要なものは想像力ですよ。そこに作家の独自性が生まれることにもつながるんです」


2020年2月19日お電話にて



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池田 元

一般社団法人随筆春秋 代表理事 故郷の 愛媛県松山市。手前は 松山城の天守。城は 市内を一望する場所に建つ。祖母方の先祖は代々その松山藩の剣術指南役を務めた。元禄時代には赤穂浪士、堀部安兵衛と不破数右衛門の介錯人を拝命した。その先祖が 荒川十太夫。池田の筆名 荒川十太はこれに由来する。池田はその10代目子孫である。

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